贈与経済2.0





ロックとルソーの「社会契約論」の違い
ルソーの考え方をメモ。
- 個人による私的所有は認めるべきでない
- 複数人による共同体の中で、みんなが同じ意見を持つべき
- 所有せず、全てを手放して一箇所に集め、その中から平等に分配する
- 分配の際、福祉のためにいくらか税として徴収するのも、全員が納得した上で徴収されるべき
つまり、各人の持ち分(100/100/100)をいったん共有財産に集め、そこから均等に再分配する。税も均等に低く徴収する。
このモデルの落とし穴
- 全員がこのルールに自分の意志で納得していることが前提
- 納得するために、全員でしっかり議論することが求められる
- だが「納得いかない人」や「異なる意見を持つ人」は排除対象になる
- → 行き着く先は 独裁政治
シニフィアンとシニフィエ(構造主義言語学)
- シニフィアン:「何かを指し示そうとするもの」=「言葉」など。これ自体はシニフィエを明確に1つに絞れない
- シニフィエ:指し示される中身
例:「dog」という記号(シニフィアン)自体はただの文字・音声にすぎない。「ある生き物の種類のこと」という意味(シニフィエ)は、人々が同じ構造を共有して初めて伝わる。
「贈与はシニフィアンである」という考え方
贈与そのもの(例:魚を give する)は、それだけでは「この贈与の意味は…?」とモヤモヤする。意味(シニフィエ)は文化・文脈で変わる。
- マオリ族:元の持ち主は森林で、それを皆でシェアしている
- カチン族:贈与(宴会)は社会的優位性につなげる行動
→ 同じ「贈与」でも色んな意味付け(シニフィエ)があり、共有された構造があってモヤモヤが解消される。
もらった感謝が名刺代わりになる…?!
感謝のやり取りを履歴として残し、信用に変えるアイデア。
- A が B に「ありがとう」→ 感謝の履歴として台帳に記録される
- 履歴が積み重なると「信用できる!」という評価につながる
- 感謝される行為につながることが、行動のインセンティブになる
感謝の「重み」をどう測るか
- 感謝の「量」に金額のような価値を付けたくない(そうするとお金と変わらなくなる)
- そこで、単純な所有数ではなく 総量に対する比 で示すことで、その感謝の深さを表す
- 計算式:感謝の重み =(今回の送付数 ÷ 所有数)×(今回の送付数 ÷ 1日にもらえる数)
- 毎日一定量の感謝ポイントが配られ、それをやりくりして他者へ感謝を渡す仕組み
- 例:所有100の A が 10→B / 40→C / 25→D と渡すと、100 − 75 = 残り25
- ポイントを渡すほど自分の持ち数は減る=「自分が持っている数を減らす」という負荷がかかる設計