増殖するシャーマン




























国民国家という「最大の呪術」
- **「国民(=民族)国家」とは、近代が生み出した最大の「呪術」**だったのでは?
- 呪術は「名付け」を通じて行われる。命名=「私はA民族、あなたはB民族」という帰属意識の呪縛。
- これは内部に一体感や高揚感をもたらす一方、外部との境界において争いのもとにもなる。
本書のねらい:国家によって異なる「民族」の名付けを与えられ、結果的にエスニックな帰属意識を失った人々が、シャーマニズムによってエスニシティをいかに再構築したのかを読み解く。
ブリヤート人 ― 国境にまたがる離散民族
- ブリヤート人はディアスポラ(離散民族)。国境内に収まらず、国境をまたいで暮らす。
- モンゴル語系の言語を話し、もとはモンゴルに帰属。
- ロシアとの抗争に屈し、17世紀末には帝政ロシアの臣民に(ロシアに帰属)。同じ頃、他のモンゴル人は清朝=中国の支配下に(清に帰属)。
- 20世紀初頭、ロシアの収奪や革命・内戦で安住が困難に。草原を越え、**ロシア/モンゴル/旧満州(シネヘン)**へと分かれて移動した。
ポスト社会主義と「民族」の再燃
- 脱中央集権化で言論統制がゆるみ、「民族」をめぐる語りや振る舞いが活性化(社会主義とのコンフリクトも表面化)。
- モンゴルは「ロシアの衛星国」から民主化・市場経済化へ(ベルリンの壁崩壊が契機)。
- 民族運動の一つがチンギス・ハーンへの称賛=チンギス・ナショナリズム。これにより純血主義が台頭。
- ハルハ(人口の約80%、チンギスの末裔とされる)が「ハルハのみが真のモンゴル人」とする見方が一般化。ブリヤートやオイラト、カザフは「モンゴル人ではない」とされがち。
何重もの帰属と、境界線上の「異物」
- ブリヤートは「ロシア国民・モンゴル国民・中国国民・ブリヤート」と何重にも帰属させられる=境界線上の異物。しかもそれは客観的に外から設定される。
- では、ブリヤート自身は帰属についてどう考えているのか?
- 大粛清:モンゴルに移住したブリヤートの多くが「反革命派・日本のスパイ」と疑われ虐殺された(仏教徒・政治家・軍人も)。
- モンゴルは父系系譜を重視するが、近年は多くが系譜を忘れる中、ブリヤートだけは伝え続けた。
- 男性の多くが死に、女性はブリヤートの血筋を残すためロシア人・ハルハ人と通婚せざるをえず、混血児が増えた。父系重視ゆえ「他の血が混ざる=正統なブリヤートでなくなる」とされた。
- ブリヤート側もハルハに強い不信感(「ブリヤートがブリヤートを殺すわけがない=ハルハによる粛清だ」)。粛清を恐れて出自を隠す人も多く、「モンゴル国のユダヤ人」とも俗称される。
エスニックな差異が「宗教の差異」として現れる
- ハルハ=仏教、ダルハド/ツァータン/ブリヤート=シャーマニズム、カザフ=イスラム。
- ハルハは「仏教徒の自分たちこそ真のモンゴル人」とし、シャーマニズムを「怨霊を祀る怖いもの」と見なす。
- 宗教の「色」:仏教=黄、シャーマニズム=黒(野卑・恐ろしい)。ブリヤートのシャーマニズムは仏教と融合していて=黄とされ、「混ざったことで真正なモンゴルを失った」と見られることも。
- → マジョリティ(ハルハ)からの**「モンゴルらしさ」の否定**。
シャーマンの「増殖」現象
- 1999年夏、シャーマンの増加が偶然発見された。否定されているにも関わらず、10年で人口の約1%(ブリヤート系で28軒に1軒の家庭にシャーマンがいる計算)に。
- この増加に、いわゆる「布教」活動は関係ない。
- 仏教・キリスト教は宗教施設を持ち、布教でピラミッド型に広がる。
- シャーマンは師弟関係から各自が独立し、施設も持たず自律的に増える。仏教は45年の修行が必要だが、シャーマンは衣装と1ヶ月ほどでなれる。
- 仏教=ゆっくり効く伝統薬、シャーマニズム=即効性のある抗生物質、というイメージ。
ルーツ探求運動
- ブリヤートは自身のルーツを探ることでアイデンティティを再構築しようとしている=父系系譜(オグ)の復元。
- シャーマンになること自体が、自分のルーツを探す行為になる。
- 病(座病)になる → シャーマンが原因である父祖の霊を降ろす → 「お前はシャーマンになるのだ」と告げられ、そこで自分のルーツを知る。
- 精霊はブリヤート語でないと通じず、ブリヤート民謡を要求することもある → シャーマンの場がブリヤート文化の再教育の場になる。
- ホブズボウム「創られた伝統」:伝統には昔からのものも、ごく最近創られたものもある。だが本書では両者を区別する意味はない。衣装や歌には伝統的な部分も、現代に創られたルーツ探求の側面も混在している。
なぜ今、ルーツ探求なのか
- ポスト社会主義で、国営や社会主義の考え方が一気に否定され、モンゴル人は社会的な帰属を失った。
- 多くはアイデンティティの再構築先として「民族」に走り、ナショナリズム(純血主義・外国人排除・チンギス称賛)が強まった。
- だがブリヤートには走り先となる明確な「民族」がなかった(モンゴル人ともロシアのブリヤートともされ、不明瞭でつらい状態)。
- 混血児は父親の名前すら知らないことも多く、こうした人々こそがルーツを求め、シャーマニズムに向かっている。
エスニシティ/ディアスポラの視点
- エスニック集団=同一の文化体系・国民国家の中で、接触・反発・融合・同化を繰り返しつつ、境界はあいまいでも「われわれ」意識で結ばれた集団(語源はギリシャ語「エトノス」)。
- 帰属には**客観的(外から見た差異)と主観的(他者との関係で自分が選ぶ)**がある。「われわれ」は対比(境界)があってはじめて成立する=境界論。
- ルーツの2種:roots(起源=過去へさかのぼる)と routes(経路)。
- エスニック・ディアスポラ:単に故郷を離れた人ではなく、疎外感や苦痛を伴う。たとえ故郷に帰れても住む人々になじめず帰属意識も異なる=「帰郷の中のディアスポラ」。
「モンゴル」と「民族」はどこにあるのか
- 14〜16世紀はほぼ「モンゴル帝国」。だから現代でも各国に「モンゴル系」が点在している。モンゴル国民だけがモンゴル人とは言えず、「モンゴル系集団」(ロシアのブリヤート、モンゴル国のハルハ、中国のチャハルなど)と呼ぶことも。
- 互いを「南モンゴル人」「外モンゴル人」などと呼び分け、ひとくくりの「モンゴル人」とは思っていない。
- 現在のブリヤートはロシア人と文化的差異を感じず、若者はロシア語を使いブリヤート語を話せない → 従来の「言語」で民族を切り分ける方法は使えなくなっている。
- 民族文化の捉え方:
- 発展論:社会主義体制による民族文化の急速な発展
- 抑圧論:マルクス=レーニン主義のもとで文化・宗教が抑圧され、消滅の危機
- → どちらも一面的。